つれづれなるままに歴史にむかひて

東京大空襲から逃れた一人の女の子の実話です。 ここでは私が知った歴史を綴っています。

第一章 花嫁 (一)隅田川

(一)隅田川

隅田川をしみじみ見たのは50 年ぶりになるのでしょうか?
夏の盛りを過ぎたころ次女の結婚式の準備で隅田川沿いの
インターコンチネンタルホテルに主人とでかけました。

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平成九年の事でした。
ヨーロッパ風のホテルのたつ近代化した川添いの風景の展開に
異国に来たような気がしました。
長い間ただ仕事にあけくれ久々に外出した夫婦の目には新橋から
「ゆりかもめ」にゆられてレインボーブリッジをふくんだこのあたりの
東京の姿に目を見張る思いでした。
娘達がせっかくだからと展望台で食事をとるようにしてくれましたので
上流から下流を一望に見渡す事が出来ました。
私はテレビでおなじみのレインボー、ブリッジから上流下流をゆっくり見渡しました。
川は長い旅の果てに東京湾から太平洋の海に注がれてゆくのです。
窓の下をユリカモメが群れをなして飛んでゆきます。
レインボーブリッジに向かって二隻の船が鏡のような川面に白波を立てて行き交っていました。
反対側に勝鬨橋をみつけてその周辺をさがすとお馴染みの築地の魚河岸も見え
更に目を凝らすと浜離宮もみつかりました。

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子育ての想い出「祭り」

まえがき

戦争が世界で一向におさまらないので私の十二歳のときに
自の前で見たこと体験したことをそのまま素直にかきました。

被害者のご家族には悲しい想い出を呼び起こさせてしまって申し訳なく思い
躊躇しておりましたがわずかに生き残った方々も私も高齢になってきましたので
世界の平和を心から願ってかきました。

あの日なくなられた多くの人の無念なおもいを世界平和の礎にかえて
後の世の人々への警告とされ魂のやすらぎを心よりいのるものです。


文と絵・撮影 進藤和枝

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このブログについて

近所のタバコ屋さんには人懐っこい猫がいました。

猫好きの私にとってはこの猫と会うのが楽しみでタバコを切らしたときは
すぐ近くのコンビニより、ちょっと離れたこのタバコ屋さんに足を運びました。

通ううちに店主とも良く会話するようになり、猫と店主と会うのが
一つの楽しみになってました。

このお店には店主のお母さんも度々いて、いつの間にか私のお祖母ちゃんのような
気持ちで色んな話をするようになりました。
お祖母ちゃんは東京大空襲の中、逃れた一人で私に色んな話をしてくれました。

そのお祖母ちゃんが後世に伝えなければと思い、素人ながら
本を作成していたことを知りました。

そして私にその本を見せてくれました。
普段、本を読まない私は一気に最後まで読み切ってしまいました。

そこには私が知らない歴史が書かれていました。

教科書では年号くらいしか知らなかった東京大空襲。
テレビでは何故か最後は良い話になってしまうドラマだったり
そこに書かれていた生々しい歴史は、私にとっては衝撃的で
プロじゃないからこそ飾り気のない文章が心を打つ内容でした。

私はお祖母ちゃんの意志でもある「後世に伝えたい」という気持ちを
インターネットの世界にも置きたいと思い、お祖母ちゃんにお願いしました。

そしてお祖母ちゃんも快諾して頂き、今回この場所で
お祖母ちゃんの歴史を本の文章のまま、綴っていきたいと思います。

たまに他の人に聞いた歴史も綴っていきたいと思ってますので
末永く長い目で読んでいただけたら幸いです。

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ギャラリー
  • 「戦火に燃えた日も同じ三月のはじめでした。」
  • 「あの取り残された母子の倒れていたあたりには偶然に桜の花のタイルがはめこまれていました。」
  • 「あの取り残された母子の倒れていたあたりには偶然に桜の花のタイルがはめこまれていました。」
  • 「戦火の夜、私達を恐怖から守ってくれた桜の木を探しました。」
  • 「戦火の夜、私達を恐怖から守ってくれた桜の木を探しました。」
  • 「みんな死ぬことを覚悟したあの日から五十年の時が流れました。」
  • 「みんな死ぬことを覚悟したあの日から五十年の時が流れました。」
  • 「あの日から五十年の歳月がたちました。」
  • 「浅草を知る戦災を体験した生存者のいかに少なかったことか!」

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